PROTHENTIATHE JOURNAL ↗
In the Making
研究から、これからを考える。
RESEARCH & POSSIBILITIES17 / RESEARCH & POSSIBILITIES

つながりっぱなしのチームは、何を見失うのか。

協働を増やすのではなく、協働に間をつくる。三人で道を探す実験が、つながり方の時間を問い直す。

三つの道が広場で合流し、異なる地形へ再び分かれていく。

誰かのよい案を、すぐ見られる。それは疑いようのない進歩に思える。

聞きに行かなくていい。会議を待たなくていい。共有された画面には、いまの最良案がある。迷ったら、そこへ戻ればいい。

ただ、全員が同じ場所へ戻れることと、集団として遠くまで探せることは、同じなのだろうか。

三人で探す、二十五の街

Ethan Bernstein、Jesse Shore、David Lazerが2018年に発表した研究では、匿名の三人組が25都市を巡る短い経路を探した。他の人の解を毎回見られる条件、三回ごとに見られる条件、見られない条件。つながりの有無だけでなく、間隔を変えたのである。[1]

過去の最良解をワンクリックで呼び戻す機能がない条件では、最適解を見つけた試行の割合は、毎回共有が33.3%、断続的な共有が48.3%、非共有が44.1%。断続共有と常時共有の差は調整後に有意だったが、断続共有と非共有の差は有意ではなかった。一方、平均的な解の質では、断続共有と常時共有の有意な差は確認されず、断続共有は非共有よりよかった。

一人で考えるほうが勝つ、という話ではない。みんなで考えるほうが勝つ、という話でもない。よい解を受け取る時間と、別の解を探す時間を、交互に持つ条件が面白かったのだ。

ただし、これは短時間の経路探索だ。自由な議論や共同編集ではなく、他者の解を見る実験である。現場のチームや人とAIが、同じ間隔でうまく働くことを示したわけではない。

助けられることと、似てくること

この結果を読んで浮かぶのは、協働の回数より、協働のあとに何が起きるかという問いだ。

誰かの案が見えると、考える足場ができる。出発点を一からつくらなくてよくなる。そうして浮いた力で、さらに先へ進むこともある。ところが足場は、待ち合わせ場所にもなる。全員がそこへ集まり、それぞれに微調整を始めると、別の場所は静かに候補から消える。

最初の案が悪かったからではない。十分によかったから、そこを離れる理由が見つからない。

この難しさは、提案の質を上げるほど解消するとは限らない。粗い案なら、違う方向を出すのも簡単だ。よくできた案には、こちらもよくできた批評を返そうとする。そうして案の周囲は詳しくなる。案の外側については、誰も尋ねなかったことになる。

ここからは研究を越えた編集上の考察だが、AIが最初から整った案を出してくれる場には、この問いを置いてみたい。最初の回答が便利なほど、その回答の修正版をつくることが、考えることの全部になっていないだろうか。

だからといって、回答を見せないほうがよいと決める必要はない。自分だけで考えて、同じところで立ち往生することもある。他者の案に触れたからこそ、初めて別の方向が見えることもある。距離を取ることと、孤立することは違う。

会議のない時間にも、役割はある

「各自で考えてから持ち寄ろう」という進め方を、単なる会議の準備として見ることはできる。だが別の見方をすれば、同じ案をまだ見ていない時間を確保している。持ち寄るものが違うための、仕事の時間だ。

もちろん、各自の案にこだわり続けて一つも採用できなければ、それも困る。独立性に予算をつけるなら、合流にも予算が要る。離れることを美徳にするだけでは、交流を美徳にするのと同じ単純化になる。

この研究が面白いのは、集団の平均と、集団が見つけた最良の解を分けている点だろう。全員が困らなくなることと、誰かが新しい出口を見つけること。組織の中ではどちらも欲しいが、同じ仕組みで最大化できるとは限らない。

日々の運用なら、ばらつきを減らすことに価値がある。まだ何をつくるか探しているときは、しばらくばらついていることにも意味があるかもしれない。「協働が足りない」という診断の前に、いま足りないのは共有なのか、共有する前の違いなのかを聞いてみる。

研究では、最良の過去解を呼び戻せる機能を加えると、断続共有の利点が弱まる結果も出た。ここから保存や記録そのものを悪者にすることはできない。むしろ、戻れる場所があるときに、戻らず探し続けることをどう支えるか、という次の問いが残る。

履歴を消す必要はない。履歴を開く前に、まだ出ていない案を書いてみる。こうした小さな工夫は、この実験で検証された処方箋ではないが、自分たちの場で試せる仮説にはなる。何分離れるべきかを論文から借りるより、離れて戻ったとき、何が増えていたかを見たほうがよさそうだ。

離れているあいだに、何も生まれないこともある。それでも、毎回の不在に新案を要求すれば、今度は独立した時間まで報告会になってしまう。必要なのは、離れれば必ず創造的になるという信仰ではなく、ずっと見せ合う以外にも設計の選択肢があるという理解だ。

相手を信頼することには、相手の途中経過をすぐには見ないという形もある。まだ言葉になっていないもの、見せると説明に追われてしまうものが、少し育つまで待つ。その待ち時間がいつも成果を生むとは限らない。ただ、共有できる形にする速さだけが、探索の速さでもない。

再び合流するときに、途中の考えをすべて報告する必要もないだろう。変わった前提、新しい疑問、残った引っかかり。持ち帰るものの小ささと、その後の議論を変える力は、別の話だ。

つながっている時間だけを協働と呼ぶと、つながりを豊かにする時間が、協働の外へ追い出されてしまう。

次に集まるとき、同じ答えの続きを持ち寄るのか。それとも、まだ誰も見ていなかった道を持ち寄れるのか。

PAPER & RESEARCHERS

今回の研究

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論文
[1]How intermittent breaks in interaction improve collective intelligence
著者
  • Ethan Bernstein
  • Jesse Shore
  • David Lazer
論文上の所属
  • Ethan Bernstein:Organizational Behavior Unit, Harvard Business School, Harvard University
  • Jesse Shore:Information Systems Department, Questrom School of Business, Boston University
  • David Lazer:Department of Political Science, College of Computer and Information Science, Northeastern University/The Institute for Quantitative Social Science, Harvard University
刊行・改訂
PNAS 115(35), 8734–8739 (2018)。オンライン公開:2018年8月13日。受稿:2月8日、受理:6月21日。DOI: 10.1073/pnas.1802407115。刊行本文に基づく。補足資料は今回取得できず、未照合の参加人数等は記載していない。
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